2005年09月04日

めぐり逢えたら (1993年/アメリカ)

自分の思いのままにならない状況におかれようとも、他者の影響を受けたとしても今の自分はすべて何かしらの選択肢の中から自分で何か1つを選択してきた結果であるという考え方は好きだ。自身の意思による「選択結果」なのだから他に責任を求めるべきでない、悲観ばかりすべきでない。特に仕事など公の場面やけじめをつける必要があるコミュニティーであればなおさらだ。  
 でも一方で運命ということは信じざる得ない不思議な場面に遭うことも確かだ。いろいろな理屈や順序・原因を考えれば納得のいく話でも運命の出会いというものは否定したくはない。この映画に描かれている「出会い」はできすぎのラブ・ストーリかもしれない。でも多くの人が憧れるような出会いでないだろうか。
 
 今、自分に起こったことが奇跡と感じることができる心のゆとりは持ち続けていきたいものである。
 
 そういった意味で好きな映画です。
 
posted by 島大生協 はせがわ at 00:00| 島根 🌁| 映画コメント | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年09月20日

シンデレラマン

ロン・ハワード監督の「シンデレラマン」を観た。邦題の「シンデレラマン」はボクサージェームスJブラドックラッセルクロウを当時の新聞がそう呼んだとこからきている。2時間20分という長い映画だっけどまったく退屈しない映画だった。もちろん単なる「スポ根」ものでなく、ほんとに泣けた。(弱いじゃよね このパターンって) 主人公が妻と3人の子供に対して、深い愛情を注いでいことがスクリーンから滲み出してるそんな感じ。世界大恐慌の時代に懸命に生き抜き、またボクシングという過酷なスポーツでかつての誇りを取り戻し、家族を守りぬく姿・・・直球勝負のアメリカ映画、優等生的なストーリにしても、やはり実在の人物を描いた力強さだろう。そして主人公の姿からは絶望のふちに立ったときの「希望」という言葉を素直に思い出させる良い映画だった。
人は誇りを持って守るべきものがはっきりしていると、
いくらでも強くなれ、希望も持てるということだ。
最後に印象に残ったシーンをひとつ。

過去にリング上で二人殺したチャンピオンとの試合に出かけていく時のシーン良かった。末っ子の女の子と次男にキスをして長男には握手をする。長男は小学校の低学年くらいだろう。それでも父親は自分がいないときの家長として長男を扱うから、キスではなくて握手というわけだ。

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